私がフィンランドで暮らすことになった訳
私がフィンランドで暮らすことになった訳
サラリーマン時代は、とある外資系の電気部品メーカーで、設計エンジニアをしていました。
ある日部長が、
「K君、事業部長が呼んでるよ。」
と言うので事業部長の席に行くと、
「おうK君。今度N社の仕事して欲しいんだけどいいかな?」
と切り出して来ました。
N社はフィンランドに本社がある、当時世界一の携帯電話メーカーで、会社の部品を使ってもらっているお客さんでもありました。当然、新規の部品開発か何かを担当するのだろうと思い、
「いいですよ。どんな仕事ですか?」
と事業部長に問いかけました。
すると、
「ちょっとN社に行ってもらえないかな?」
と言うので、
「打ち合わせですか? 確かN社のオフィスは目黒でしたよね。いつでしょう?」
と日程の確認をしようとしました。
ところが事業部長は、
「目黒じゃなくて、フィンランドなんだけど、いい?」
と…。
「フィンランドって、いきなり本社のほうで打ち合わせなんですか?
また、急な話ですねー。」
と、内心「海外出張かぁ、面倒くさいなー」と思いながらも、
「いいですよ。いつ行けばいいんですか?」
と、また日程を確認しようとしました。
当時、世界的な携帯電話のメーカーと言えば、アメリカのM社かフィンランドのN社(今は、どちらも身売りされてしまいましたね。。)でしたので、海外出張で打ち合わせということも不思議ではありませんでした。出張とは言え初ヨーロッパ。内心わくわくして、出張の日程を訊いていました。すると、事業部長の口から意外な回答が…。
「出張じゃなくて、フィンランドに駐在して欲しいんだけど。いいかな?」
「えっ、駐在って、何でまた??」
「いや実はな、N社の人がうちのエンジニアを一人、向こうの部品担当エンジニアのところに置きたいって言ってるんだよ。お客さんの要望だしさ、お前確か北海道出身だから寒いのは大丈夫だよな?」
「いやいや、事業部長。私の出身は新潟ですよ。北海道は大学時代だけです。」
「新潟?まあ、雪国だし同じようなもんだろ。どう、行ってくれる? まあ、親御さんが病気で看なきゃいけないとか、どうしてもダメな理由があるんだったら、無理には行かせないけど。」
「親は兄貴と一緒ですし、私は特に面倒を看るとかはないですけど。」
「じゃあ大丈夫なんだ。」
「でも行くって、向こうで何をすればいいんですか? それに、どのくらい駐在するんですか?」
「そんなの知らねえよ。向こうが人出せって言ってる訳だから。向こうに言われたことやってればいいよ。期間だって半年かも知れないし、1年かも知れないし。俺には分からん。とにかく行けば何とかなるだろう。ちょっと考えといて。頼むわ。」
そんな訳で、単に寒さに強そうだからという理由で、期限無しのフィンランド駐在を命じられたのでした。
でもこの時は、はっきりと行けとは言われず、「考えておいて」だったのですが…。
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フィンランド駐在の話に関しては、その後特に事業部長から確認の打診も無く、3ヶ月ほど経過したある日のことでした。
海外営業部のN社担当の営業マンが私の所にやって来て、
「Kさん、N社の方が見えてますから、打ち合わせに同席して下さい。」
「えっ、何で? N社の仕事なんて、今担当してないよ。」
「何を言ってるんですか。事業部長から聞いてますよ。あなた、N社に駐在するんでしょ。N社の人に紹介しますから、すぐに来て下さい!」
「えーっ、ちょっと待って。はっきり行けなんて言われてないよ!」
慌てて事業部長の席に行き、事の次第を確認すると…、
「おう、そう言うことだから、よろしく頼むわ。」
チャンチャン。
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「N社のみなさん。こちらが、今度御社に駐在することになるKさんです。」
かくして、何が何だか分からないまま、フィンランドに駐在することに決まった訳でした。
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そして、何をしろとかの指示も無いまま辞令を受け、フィンランドに駐在し始めて4ヶ月が経った頃のこと。
日本では会社の大規模な組織変更があり、フィンランド行きを命じた事業部長は他の事業部に異動。自分のいた部署は解散。上司はみんな退職。
新しく外部からやって来た事業部長は、
「うちの社員が1人N社に駐在してるけど、何しているの?」
と事情も良く知らない有様。
何か良く分かんないけど、勝手に日本に戻すとN社に怒られそうだから、そのままそっとしておこうと、フィンランドに飛ばされたまま、今度は放置されたのでした。
タンペレにあるN社のオフィスでは、当然周りはみんなN社の社員。オフィスで日本人なんて殆ど見かけません。アジア系の人は大抵中国人です。
日本語なんて、会社の人と電話する時ぐらい。普段、日本語を話す機会さえ無くなりました。
月日は流れ、フィンランド生活にも慣れて来た、駐在3年目に入ってしばらく経った時、今度は急に帰国しろとの命令が。
実は当時、フィンランドで働く他国の駐在社員の場合、2年間は一時就労と言う扱いで社会保険料の負担を会社側が免除されているのですが、2年を越えた場合一時的とはみなされなくなり、高額の社会保険料を負担する必要があるという規定を会社が知らなかったのです。
その通知が何故かアメリカ本社の人事部に伝わり、アメリカ本社から新しい事業部長に対し、駐在社員をすぐに戻して代わりの駐在社員を置く了解をN社からもらえと、命令が出たらしいのです。慌てた事業部長は私に、とにかく帰国しろと言って来たのでした。
「今、本社のほうからフィンランドに、うちの社員は3年で駐在を終了するから、一時就労扱いにできないかと交渉してるところだ。だから君は、3年を越さないように必ず帰国しなさい。」
かくして2年と364日でフィンランドを後にしました。
そんな自分も、せっかくフィンランドにいたんだし、フィンランドの雰囲気や空気と言った、メディアでは伝わらないようなプチ体験を、多くの人にもしてもらおうと、今じゃフィンランド風カフェのオーナー。
毎日珈琲淹れたり、サンドイッチ作ったり、ケーキ焼いたり。人生どうなっちゃうか分かんないですね。
だから、面白いとも言えるんですが。。
おしまい。